記載論文を書く上で身に着けざるを得ない技術の一つに、作図技術があります。他種とのちがいをわかりやすく図で表すことで、文字だけでは伝わらない情報が論文に含められます。
分類群によって描かれる個所は異なりますが、双翅目の場合は全形・翅・触角・交尾器などが多いです。特に交尾器(ゲニタリア)図は無くてはならないレベルで、ほとんどの種の記載文に付与されます。
その作図技術のレベルによって情報が正確に十分に伝わるかがかかってくるので、ないがしろにできないところです。絵師に依頼することも珍しくないとか。私も自分でやってみて、慣れないとろくな絵が描けないことに危機感を覚えているところです。原稿は表向き急がされていませんが、早く出したいという気持ちでつい焦ってしまいます。
そこで本記事では、そんな日々のクールダウンを兼ねて、さまざまなタイプの記載図をとりあげて眺めてみようと思います。作図のヒントがあるかもしれないですし。
ちなみにトップ画像は1922年の文献にあった交尾器図。当時の論文ではこのような簡略的な図も珍しくありません。このようだった図は、顕微鏡技術や撮影技術の進歩とともに、より詳細・精緻になっていきます。
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標準的な図。2013年。事細かに書くと逆に見づらくなる線画では、いろいろと端折るこのような図は今でも多数あります。
なお同じ論文内に、一部分の形態のみを比較するこんな図が載ることもめずらしくないです。分類学者以外にはなじみが薄い図。これはGonostylusという部位。
これは多少細かく書かれた図。これくらいのレベルの図は多数あります。点描を基本とするので、大変手間がかかりますが、見栄えは非常にいいです。ハイレベルな雑誌では標準的な図といえるでしょう。記載文を書きたいなら目指したいところ。
図のレベルというのは大体掲載誌によってばらつきがあり、国際的な査読誌なら一定水準以上の図がふつうは載りますが、地方の雑誌や査読のないような雑誌では、図のレベルにばらつきがあることもあります。これは一つ上と同じ雑誌・同じ年に出された記載論文の図ですが、さすがにばらつきがありすぎる気もします。伝わればいいといえばそうですが。
さて最近は撮影技術の高度化・低価格化が進んだため、イラストでなく写真で同定に必要な部位を図示している場合も多くあります。顕微鏡の鏡筒にカメラを押し当てたような写真から、この図のように精緻な写真を載せているものまでピンキリですが、このレベルなら十分同定に耐えうると思われます。見てるだけでも面白いのがまたいいですね。ただ作図するより手間かかってそうな気もします。
Zookeysなどがこういう綺麗な写真を採用していることが多いですね。
しかし作図技法のほうも、コンピュータという味方をつけて精細さを増しています。この図は手描きだと思いますが、漫画でいうところのスクリーントーン処理などで、こんな見栄えのする図をより手軽に描くことも可能になっています。
そしてこれが、コンピュータグラフィック技術を最大限活用して作成された図。一見普通の手描きと変わらないように見えますが、その真価は拡大した時にわかります。
この図はベクター画像なので、どれだけ拡大しても線一本一本のなめらかさが落ちません。手描きで書いた図を処理してこういう風にすることもありますが、最初からコンピュータ上で画像を作ってしまうこともあるようです。
というわけで、それぞれ得意な技法を活かしたりすることで、見やすく使いやすい図を作る技術は多様に進化しています。私は作図よりマクロ撮影のほうが得意なので、深度合成なら行けるのですが、複雑な構造の交尾器はやはりそれでは太刀打ちできないので、作図もコツコツ習得していきます。